野球の音、観客の声

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二軍のオープン戦、教育リーグも始まるらしい。一軍帯同組から沖原、秀太、庄田、岡崎が実戦の場に送り出されるという。また、ともに腰回りに不安があった桟原、赤松も由宇での広島戦遠征に加わるという。いやいや、今年の一軍枠争いはハイレベルで熾烈だ。予想表を更新。
デプス・チャート3/5版
巨人・堀内監督が「応援を何とかしなきゃいけない。鳴り物をなくして、本当のボールの音とか、本質的な醍醐味を感じてほしいね」と発言したという。この際、他にもやらなきゃいけないことはたくさんあるだろうという議論は放っておいて、この発言には拍手をおくりたい。この人、若い頃から生意気と言われ、誤解を招きやすいキャラクターだが、自分の思っていることを率直に発言する態度は素晴らしいと常々思っている。将来の「頑固ジジイ」候補だ(笑)。
鳴り物応援の歴史について詳しいわけではないが、もともと、高校野球にならって、盛り上がりに欠けるスタンドをなんとか景気づけようとして発生したものではなかったか。都市対抗野球の応援席で、マイクを持った応援団が「動員された」会社関係者をあおるのと意味は同じだったと思う。起源はどうあれ、その後「鳴り物」「応援歌」は日本プロ野球の応援スタイルとして定着していく。プロ野球約70年の歴史の内、20年ほどをかけて出来上がった形だ。
はじめのうち、プロ野球ファンは口々に、この「邪道な」応援に反発していた。だが、次第にその声は大音量にかき消され、スタンドから追い出されていった。楽しそうだからいいんじゃないのと。でも私はどうしても、何十年たっても受け入れられない。
大げさだが、野球を観に行くということは、私にとってはとても神聖なことだ。野球選手に憧れていた子供の頃、父親に連れられて初めて球場に行った時のことは忘れない。試合前の打撃練習で、ポンポンとスタンドに放り込むスター選手。攻守交代の時に、軽やかにボールをまわす野手たち、ものすごく速い球を投げて、それを打ち返すバッター。そして速球がミットに収まるときのパンという音、バットが球をとらえた時の高い音、観客による大歓声…。ああ、野球選手ってなんて凄いんだろう…。今でも野球を観に行けば、あの時の気持ちが蘇ってくる。野球選手は凄いんだ。
だから私はいつでも野球を観ていたいし、選手を観ていたい。本当は野球を聞きたい。選手たちが造り出すすべての音を聞いていたい。少なくとも応援団の指示や、サインなど見たくもないし、笛の音もラッパの音も太鼓の音も聞きたくない。
現在の甲子園の応援はある意味で素晴らしい。そのスタイルもそれなりに伝統と呼べるだけの時間も経てきた。現在足繁く球場に通うファンの大半が、それを楽しみに来ているという事実を軽んじるつもりはない。それらはすべて認める。黄色ジャージのみなさんも、球場に来た多くの人が楽しんで帰れるようにと最善を尽くしているということなのだろう。その努力そのものに対しては頭が下がる。
だがその上で、あえて言わせてもらいたい。大観衆による統制の取れた一糸乱れぬ応援など、行き着くところは北朝鮮のマスゲームではないか。鳴り物や応援歌でより多くのファンを楽しませようなどという考え方そのものが、野球や野球選手を無視した、思い上がった態度ではないか。鳴り物や応援歌を使わなくても、ファンがみんなで楽しめるような応援方法は他にもあるだろう。応援団の人も、現状是認だけでなく、向上心をもって欲しい。もっと野球への愛情があるようなものを模索して欲しい。
選手たちの高度なプレーをよく見て、ダメなプレーに罵声を浴びせ、素晴らしいプレーに心からの拍手と歓声を捧げる。自分には到底できないことを見せてくれる選手たちに、尊敬と感謝の気持ちを表現する。それ以上の応援などあり得ない。良いプレーを喜び、悪いプレーを嘆く。ただこれだけの演者と観客の交流が、エンターテインメントを育てていく。のべつまくなしに鳴り続ける大音量からだけでは、選手へのフィードバックにならないだろう。
「一番エライのはファン」という風潮は正直コワい。

コメント

  1. torao より:

    いかんいかん。この話題になると、つい熱くなってしまう…(苦笑)。

  2. いわほー より:

    その昔、何度か大阪球場で南海の試合を見に、父親につれてもらったものでした。父親はそれほど野球好きでは無かったのですが、野球を見るときはきまって南海の試合。なので幼い頃には甲子園には一度も行ったことがありませんでした。そんな私はもっぱらサンテレビのナイター中継で阪神ファンを形成していきました。
    当時の大阪球場は客もちょうどよい加減のまばらで一塁側スタンドの上段からでも選手に野次を飛ばしては笑いを誘っていました。選手もその野次に反応したりしていました。そこにはtoraoさんおっしゃるように野球の音、選手の息づかい、観客の野次、ファンの歓声がひとつひとつつながっていました。それからすると今の甲子園はまったく別物。ライブコンサートと見まがう風です。私は苦手ですがでも否定はしません。いろんな観戦があってもいいとはおもうのです。いろんな観戦方法が選択できるように球団、ファンともに模索していって欲しいです。

  3. まったく同感です。
    もっとも私は甲子園には行ったことないし、
    行く気もないです。
    キャンプでの紅白戦や、地方での教育リーグなど、
    細々(?)と見るのが一番好きです。
    それでもオープン戦は応援団が来て、
    いろいろ仕切っているのを見ると、
    ちょっと嫌です。
    もちろん彼らは強制はしませんが、
    なぜみんなが同じ応援をしなければならないのだろうと思ってしまいます。
    素晴らしいプレーを見たらみな同じように
    感嘆の声を出すでしょうし、それは
    統制しなくても出るものでしょう。
    応援の指揮を取る人はグラウンドに背を向けていますが、
    何のために来ているんだろうと思います。
    私は試合を見に行く時には、
    片時たりともグラウンドから目をそらしたくありません。
    いつか純粋に野球を楽しめるときが来たら、
    甲子園も見に行きたいと思います。

  4. ヒロキ より:

    こんにちは。
    自分がスタジアムで観戦する時は絶対に内野に座るんですよ。
    外野に座ってしまうと、応援旗が邪魔で試合が見えないことがあるし、すぐ隣で楽器をつかわれてしまうとうるさくて集中できないしで、あまりいいことが無いんです。
    とはいえ、あの応援を全否定するつもりは自分もありません。
    内野で座って観戦中に応援歌を口ずさむこともありますし、選手の応援歌が作られるということは素晴らしいことだと思いますし。
    こういう問題はタイガースだけの問題ではないですよね。
    たとえタイガースが鳴り物の応援をやめたところで、対戦相手が思いっきり鳴り物を続けていたらあまり意味が無いですしね。
    たしか、楽天は鳴り物を使わないんでしたっけ?
    そういう意味では、楽天の応援の仕方がどうなっていくのか興味がありますね。

  5. 長嶋茂雄は、ボールの音に少年のようにはしゃいだ。

    確か5?6年前だと思う。
    長嶋茂雄がまだ監督だった時のはずだ。

    東京ドームで、「鳴り物」応援禁止のゲームが行われた。
    ピッチャーの投げたボールがミットに吸い込まれる音。
    バットとボールがぶつかる音が、ドームに響く。

    「いいね、いいね」と長嶋茂雄は、

  6. BSミツルH より:

    小学生も中学生も一般に野球少年は「声を出せ」と教えられます。集中力を切らさないということに加え、参加することを教えているわけです。打席に立っていなくても、スターティングラインナップに入っていなくても、背番号がもらえなくてベンチに入っていなくても…。高校生の「選手応援」は打者とともに投手とともに戦っているわけです。だから観客の彼らを見る目は温かい。それもそのはず。目の前で展開されている試合は「彼らの試合」だからですね。
    プロ野球はみんなのものですが、選手のモノと思いたがるファンもいれば、ファンのモノと思いたがるファンもいる。自分のモノと思っているオーナーもいる。甲子園のライトスタンドと内野席がごく自然に分かたれていたときはよかったのですが、それぞれの楽しみ方が領分を侵すようになってしまったんですね。そろそろ自制や調整が必要なときなんだろうと思います。おじいちゃんやおばあちゃんも安心して観戦に来ることのできる甲子園であって欲しいと思います。

  7. torao より:

    みなさん、コメントをありがとうございました。
    私も懐古的に鳴り物はダメだとばかり言うつもりはないんです。ブレイクタイムはなんぼでも弾けちゃえば良いと思うんです。例えば、攻守交代・投球練習時は、許す限りその回の攻撃陣の応援歌をメドレーで歌うとかね。インプレーの時間と、ブレイクの時間でメリハリをつければ良いと思うのだけれど…。いわほーさんがおっしゃるように、選択肢のある応援というのが理想ですが、「にぎやか」と「集中して」は、空間的な棲み分けで解決するには無理があるように思います。
    ちょびうささんのおっしゃることはよく分かります。私も地方球場で阪神戦を見た時、本当に天国のようでしたよ。客席からの呼びかけに応えてくれる選手もいました。
    実態はそうでないにしても、あたかも「威圧的な集団」のようなスタンドの風景に、球場に行くのを躊躇しているファンも大勢いるんですよね。
    そう、私も応援歌が作られるということ自体はヒロキさんと同じように素晴らしいことだと思います。私も各選手の歌は覚えているし、口ずさみます。打席にいる間じゅう、エンドレスのように繰り返し歌い続けるのでなければ良いんです。おかしいのは、大ファールの時なんかです。基本的にファールの時は、歌い続けるので、みんな歌いながら打球の行方を追ったりしている。なんてバカバカしいんでしょう。打席で粘っている時など、もう一回繰り返すのか、一回切るのかなんて気にしながら歌ってたりするわけでしょう?そんなの野球そっちのけですよね。
    野球でなくても楽しめることは、野球以外のとこでやったら良いのに…。野球でなければ楽しめない音をダメにしてまで大音量が欲しいのかなぁ…。それがチームに参加しているということなら、私なんてまったく応援していないということなのか。ま、自称評論家だから仕方ないか(笑)。
    BSミツルHさんのおっしゃる「誰のためのプロ野球か」は、確かにみんなのためのプロ野球。「みんなのもの」というのは、「自分をはじめとする、それぞれのためのもの」という意味ではなく、「公共のもの」という意味の「みんなのもの」であってほしいです。プロ野球を良くしていくのは自分、楽しむのはみんなで。そうあってほしいなぁ。どの球場の、どの席でも、おじいちゃんが孫を連れて行けるようでないといけませんよね。

  8. oneknightstand より:

    はじめまして。
    球場での鳴り物応援について検索してしていたら、偶然こちらの記事を見つけたので書き込みさせていただきます。
    私ももともと延々繰り返される鳴り物が苦手で、年に10回くらい甲子園に足を運んでいるのですが、じっくり試合、プレーそのものを見たいという理由からホーム側ではなくビジター側のオレンジシートや三塁アルプスで観戦するようにしていました。
    ただ昨年は2003年の優勝余波もあったのでしょうが、ビジター側もほぼタイガースファンで埋め尽くされていて、もう試合展開関係なくエンドレスで繰り返される鳴り物応援にすこしひいてしまうような状況でした。
    そんなある日の観戦で、私と友人の後ろに座っていたカップル(会話からあまり野球のことを知らなさそうな印象を受けたのですが、)が振り回していたメガホンが私や友人の頭や肩に何度もポコポコ当たるので「応援もいいけどもうちょっと考えてメガホンふってほしい」旨、抗議したところ「応援せえへんのやったら甲子園なんかこんかったらええねん」と逆ギレされました。
    私の体験は、そのカップルの人間性の問題かもしれないけど、私の中で鳴り物や無自覚にメガホン振り回すだけの観戦スタイルに今まで以上に否定的な視線を持つようになってしまったのは確かです。
    鳴り物やメガホンたたきまくりの応援もいいけど、もう少しまわりへの配慮というものも考えてもらえたらなぁ、とは思いつつ、現状それは難しいだろうとも思います。
    今年は甲子園よりも鳴尾浜球場へ足を運ぶ回数が増えそうです。あそこならまだ球音やプレーをじっくり楽しめそうなので。(たまに場の空気も考えず大声でHMがなりっぱなしの奴とかもいますけど、あれは甲子園でのエンドレス鳴り物&HM以上にほんまのただの雑音にしか聞こえん。。。)
    はじめてなのに、愚痴みたいなことを書き込んでもうしわけありません。
    他の文章も拝見させていただきましたが、タイガースのことがほんとに好きなんだなぁという気持ちが伝わってきました。
    今後もお邪魔させていただきたいともいますので、どうぞよろしくお願いします。

  9. torao より:

    to oneknightstandさま
    はじめまして。コメントありがとうございました。実体験にもとづくお話ですから、説得力が違いますね。
    そう、メガホンです。これがまたキライなんです(笑)。いやあれはメガホン(拡声器)じゃないですよね、破裂音発生装置ですよ。まだとってあるのですが、1985年当時は本当の円錐形のメガホンだったんですけどねぇ。いつからあんな「粗暴」なモノになってしまったんでしょう(笑)。拍手じゃ音が小さい?生身の手や声からしか伝わらないニュアンスを大事にしてほしいなぁ。
    でも、こういう声が少しずつでも変化をもたらしていくと信じて発信することが大事かなぁと思っています。
    自分でも信じられないことですが、一昨年の暮れからほぼ毎朝こうやって書いています。よろしかったら今後ともおつきあい下さい。よろしくお願いいたします。

  10. shu より:

    昨年のGWにアメリカでMLBの試合を3試合ほど見たのですが、確かに一球一球に観客が集中して、球音を聞くという雰囲気が向こうの野球にはありますね。
    私は外野でメガホンを叩いて応援歌唄いながら見る野球も、静かに座ってじっくりと楽しむ野球もどちらも好きです。
    ただ現状の甲子園球場のチケの人気の一端には、こうした鳴り物応援を自分も参加しながら楽しみたいというのが確実にあるのではないでしょうか?
    本当は両方の観戦方法が共存出来れば一番いいのでしょうが、喫煙の問題と同じで席を分けるだけで解決するモノでもないでしょう。
    3連戦の内、1日は鳴り物無しの日を作るとか何らかの対策があれば一番いいでしょうね。

  11. torao より:

    to shuさま
    あっちの方は、試合観ながらスコアをつけている人が多いとかって聞いたことがあります。それはそれでものすごいことですが(笑)。
    鳴り物応援が好きな人も、球音を楽しみたいと思っている人も、野球や、ひいきチームが好きなことには変わりがないんです。とにかく野球と、好きなチームが一番。応援の仕方なんて二義的なものだと思うんです。だからもっともっとその部分に焦点を当てるようなプロ野球になれば、今とはまた違った雰囲気になってくると思います。
    いま支えてくれているお客さんはもちろん大切にしなければいけないけれど、改革元年といわれるこの頃なら、今は球場に来てくれないけれど、本当はこういう人たちに来て欲しいというお客さんを呼び込むことも必要だと思います。
    野球って、どこか懐かしいようなスポーツだと思うんです。親から子へ歴史と伝説が語り継がれる…。スタンドもそんな雰囲気の日本プロ野球であってほしいなぁ。

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